先日、小学校のPTAの行事で、くじで選ばれて…じゃなくて自ら率先して、コーラス会に参加しました。
コーラス会ではそれぞれのグループの持ち歌を披露し、最後に出席者全員で「ふるさと」を歌いました。
「ふるさと」いい歌ですね。
そして不思議です。
私はウサギを追ったこともないし、「忘れがたきふるさと」は近所にあるので忘れることはありません。
出てくる情景が他人事だったりするのに、それでも懐かしさを覚えるのです。
不思議です。
そこで今回は、日本人の心に何となくしみる「ふるさと」についてお伝えしたいと思います。
「故郷(ふるさと)」の歌詞
まず、「ふるさと」の歌詞を紹介します。
兎追ひし かの山
小鮒(こぶな)釣りし かの川
夢は今も めぐりて
忘れがたき 故郷(ふるさと)
2.
如何(いか)にいます 父母
恙(つつが)なしや 友がき
雨に風に つけても
思ひ出(い)づる 故郷
3.
志(こころざし)を はたして
いつの日にか 帰らん
山は靑き 故郷
水は淸き 故郷
「ふるさと」ができた背景・戦争
歌詞の一般的な意味や概要は皆さん目にされたことがあると思いますので、恐縮ですがここからは私の勝手な歌詞の概要と感想です。
まず、私は1が番好きです。
体験したことがありませんが、半ズボンの少年たちが山でウサギを追ったり、川で鮒をつっている情景が目に浮かびます。故郷ってかんじです。
そして歌詞をよく見ていて思ったのですが、2番からは、ちょっと疑問を感じます。
地方の両親や友達に連絡を取らない、都会の若者を表現している歌に見えます。
地方の高齢者は生活に困っているとテレビでよく見ますから、この歌詞からは少し寂しさを感じてしまいます。
特に3番では、『故郷は遠くにありて思うもの』の詩を連想していました。
ストイックな日本人にありがちな成功するまで帰らないという信念。
でもそんなに故郷が愛おしいなら帰るべきだ、故郷の人も若者の帰省を歓迎するのに、と思ってしまいました。
私がそう感じてしまうのは、この歌ができた背景にあるようです。戦争前、国を強くするために、若者は故郷を離れ都会に集結し、必死で働いてもらう必要があったそうです。
現代とは時代背景が違うため、違和感を覚えたのかもしれません。
すみません、否定的に書いてしまいました。
でも時に、この歌がとてもやさしく刺さることがあります。例えば、あの震災です。
東日本大震災の応援歌に
東日本大震災では、多くの人が故郷を後にせざるを得なくなりました。
故郷自体がなくなってしまった人も大勢いらっしゃいますね。
「ふるさと」は東日本大震災の応援歌になっているそうです。
故郷に両親を置いて仕事を探さないといけなくなった、いつの日か生まれ故郷を再建して帰りたい。
山は靑く、水の淸い故郷を忘れずにいたい。
そんな気持ちが伝わってきます。
そういえば海外在住者も、「ふるさと」の歌詞に心打たれたと言っていました。
特に「父母」のくだりは、気軽に帰省ができないからこそ胸に響くそうです。
現代の日本にとっての「ふるさと」は、出来た当時よりももっと広い解釈で愛されるべきなのかもしれませんね。
では子供にとって、「ふるさと」はどう響くのでしょうか。
うさぎ美味しい? イカにいます?ともガキ?
子供の頃って、全体の意味を考えずに聞こえてくる単語、または短いフレーズで音楽を覚えていた気がします。
「ふるさと」の歌は、その点で子供にも浸透しやすい気がするのです。
だって、しょっぱなが「うさぎおいし→ウサギ美味しい」と、ソラミミ的に聞こえやすい。
しかも、「ウサギ美味しい」って、なんてインパクトのあるフレーズだこと。
「いかにいます→イカにいます」イカ、どこにいるのだろうかと興味をそそります。
「ともがき→ともガキ」ガキのお友だち。勝手にやんちゃなイメージを覚えます。
私の硬い大人の頭でも子供並みのソラミミが思いつきました。
今では使用していない美しい日本語が使われている「ふるさと」の歌詞。
子供ならもっと柔軟で楽しい勘違いフレーズを発見するかもしれません。
まとめ
今回は個人的な意見を中心にまとめてみました。
この歌が生まれた背景には、戦争の影がちらつきます。
しかし、やはり「ふるさと」はいい歌だな、と思いました。
自然と懐かしい気持ちにさせてくれて、美しい日本の情景を心の中に映し出します。
そして遠くに故郷がある人たちには、「いかにいます父母」とならないよう、しっかり連絡は取っていただきたいな、とも思いました。