「赤い靴はいてた女の子」歌の悲しい意味。きみちゃんは実在していた。

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小学校の時、しょうもない変え歌って流行りませんでした?

私が覚えている替え歌の一つが、「赤い靴」の冒頭で

『♪赤い靴~ は~いてたら、ぬげた』

です。当時(小学3年ころかな?)男子の間で大流行し、相当聞いていたものです。

でも、この歌って(本物の方)よくよく歌詞を見ると悲しい歌ですね。『異人さんに連れられて行っちゃった』って、人身売買!?

そこで今回は、横浜の悲しい歌、「赤い靴」の秘密に迫ります。

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野口雨情作詞「赤い靴」

『赤い靴』

作詞:野口雨情 作曲:本居長世

1.

 赤い靴(くつ) はいてた 女の子
異人(いじん)さんに つれられて 行っちゃった

2.

横浜の 埠頭(はとば)から 汽船(ふね)に乗って
異人さんに つれられて 行っちゃった

3.

今では 青い目に なっちゃって
異人さんの お国に いるんだろう

4.

赤い靴 見るたび 考える
異人さんに 逢(あ)うたび 考える

この歌の作詞は野口雨情さんです。雨情だなんて、かっこいい名前ですね。

「赤い靴」の歌詞が誕生したのは、雨情さんがある夫婦に出会ったことがきっかけでした。

夫婦は当時、ご主人の志郎さんが札幌の新聞社に勤めており、その関係で雨情さんと夫婦は知り合い親交を深めていきます。

奥さんは「かよ」さんと言い、ある日かよさんは、雨情さんに昔の苦労話をしました。

もとは静岡の日本平に住んでいたこと、逃げるように北海道にやってきたこと、北海道では未開の地の開拓に命がけで携わっていたこと、などです。

そしてその話の中で、雨情さんが非常に関心を持ったのが、長女の「きみ」ちゃんの話でした。

赤い靴を履いていた女の子は実在していた

かよさんの長女きみちゃんが、「赤い靴」のモデルです。

かよさんは北海道で知り合った志郎さんと、まだ幼かったきみちゃんをつれて再婚します。

再婚して少し経った頃、志郎さんが仲間から「未開拓地の開拓事業に参加しないか」と誘われます。

さんざん悩んだ末、夫婦でその開拓に参加することにしましたが、問題はきみちゃんです。

きみちゃんはあまり丈夫でないうえ、まだ4歳でした。

しかも開拓地は獣も出る危険な場所、連れていくにもきみちゃんの安全は保障できません。

そんな折、知人から思わぬ申し出を受けました。

アメリカ人宣教師の夫婦が養女を探しているというのです。

かよさんは断腸の思いできみちゃんを預け、4歳のきみちゃんは宣教師夫婦とともに横浜へ行くことになりました。

きみちゃんはその後、横浜で宣教師夫妻と過ごします。

しかしかよさんは、きみちゃんが宣教師夫婦とともにアメリカに渡航したと思い込んでいたため、雨情さんにはきみちゃんが横浜から出航したと話したのでした。

歌詞を見ると、確かに異国の地で暮らす「赤い靴」の女の子の様子が描かれていますね。

残念ながらきみちゃんはその後、肺結核が原因で9歳の若さで亡くなります。切ない話です。

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「赤い靴の女の子」の像は9つある

山下公園の「赤い靴」像

歌では「異人さんに連れられて行ってしまう」のは横浜の港からとなっています。

その横浜の、海の見える山下公園に、きみちゃんの銅像が建っています。

銅像なので靴は赤くありませんが、5,6歳くらいの、たけの長いワンピースを着てスポーツ座りをしている女の子の像です。

なんとなくもの悲しい顔をしているように見えるのは、歌の内容や「きみちゃん」の生涯を私が知っているからかもしれません。

麻布十番の「きみちゃん」の銅像

一つは、きみちゃんが眠っている、東京の鳥居坂協会共同墓地の近くの麻布十番。

平成元年、きみちゃんの銅像が建てられました。

この銅像は台座が募金箱になっていて、そこに入れられた寄付金はユニセフを通して世界の恵まれない子供たちに寄付されています。

他にも海外合わせて7つ

そのほかにも、きみちゃんが産まれた静岡県日本平、義父の志郎さんの出身地である青森県鰺ヶ沢町(あじがさわまち)、また海外も合わせると9つの銅像が存在するようです。

これだけの像が建てられるということは、この「赤い靴」の歌がいかに愛され、また女の子の数奇な運命に悲しみを感じた人がそれだけ多いということでしょう。

まとめ

赤い靴が脱げた替え歌を楽しんでいたのが申し訳ないくらいの悲しいお話でした。

子を持つ親として、かよさんがどれだけつらい思いできみちゃんを手放したか、気の毒でなりません。

かよさんはきみちゃんを手放した後、次女の「その」ちゃんに恵まれます。

そのちゃんはよく母親から「お姉ちゃんはアメリカで元気でくらしている」と聞かされていたそうですが、もしかしてかよさんは自分にそう言い聞かせるために話していたのではないかと、切ない想像を膨らましてしまいました。

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