
あかりをつけましょ ぼんぼりに
私が生まれた時に母のおばが、ひな人形をプレゼントしてくれました。
5段飾りではなく男雛(おびな)と女雛(めびな)、それに小物がついて、ガラスケースに入ったものです。
幼い私は知らなかったのですが職人さんの手で作られた高価な人形だそうで、今でも美しい姿のまま、私の幼い娘たちに受け継がれています。
ガラスケースの底辺部分は木枠になっているのですが、そこにオルゴールがついています。流れてくるのは「うれしいひなまつり」。
うれしいのに、ちょっと物悲しい曲調の、何となくノスタルジーを感じる音です。
そこで今回は、「うれしいひなまつり」こめられた、もの悲しい意味について、ちょっと調べてみました。
聞く側の気持ちが、少し変化するかもしれません。
「お嫁にいらした姉さまに」とは誰のこと?

「官女」は下段の3人です。
「ひな祭りの歌」と一般では言われていますが、正式には「うれしい雛祭り」という歌です。
歌詞があやふやかもしれませんね。
4番まであるんですよ。
ちょっと聞いてみましょう。
「いらした」とは、「来た」の尊敬語だとばかり思っていた私。
この歌の場合は、「行った」の尊敬語だそうです。
つまり「お嫁にいらした姉さま」とは兄嫁ではなく、実の姉のようです。
さて。この歌の歌詞を作ったのは、サトウハチローさん。大正から昭和にかけて活躍された詩人、作家です。
実はサトウハチローさん、幼いころにお姉さんを亡くされています。
お姉さんが亡くなったのは18歳の時で、死因は結核。
当時は不治の病とされた恐ろしい病気です。しかも、お嫁に行く直前のことだったようです。
御察しでしょうか?
「お嫁にいらした姉さま」は、実際にお嫁に行くことができなかったサトウハチローさんのお姉さんです。
「お嫁にいらした姉さま」は「白い顔」と歌われています。
昔から色白は七難隠すとも言いますから、お姉さんはきっとおきれいな方だったんでしょうね。
もしくは、結核だったお姉さん。
作詞者が幼いころに、亡くなる前に見たお顔は病気で白かったのかもしれません。
でも、ここは色白で美しいお姉さんという説が素敵ですので、私はそう思っています。
お雛様ではなく官女に例えたわけ
なぜ、お姉さんを「お雛様」ではなく、その下の「官女」に例えたのか、疑問に思う方もいるかもしれませんね。
せっかくだから主役のお雛様に例えてあげればいいのに…。
でも、お雛様(女雛)は、皇后陛下です。
庶民が皇后陛下に例えるなんて、恐れ多すぎて考えられないことだったのではないでしょうか。
では官女はどんな存在だったのでしょう。
官女は、親が大臣級の由緒正しいお家の生まれでなくてはなれません。
庶民にとって、充分すぎるほど憧れの存在でした。
「うれしいひなまつり」なのに、悲しい曲調なのはなぜ?
「うれしいひなまつり」の悲しい由来を聞けば、『だから悲しい曲調なんだね』と思いがちですが、そうでもないようです。
曲をつけたのはサトウハチローさんではありません。河村光陽さんです。
別の人です。
では、なぜ河村光陽さんは、「うれしい」と形容されているひな祭りの曲をもの悲しくしたのか。
もしかすると、サトウハチローさんの意をくんだのでしょうか?
実は、河村光陽さんはとくに『悲しい曲』として作曲していません。
河村さんが目指したのは日本人に愛される曲調、『お琴に合わせて演奏できる曲』です。
日本古来の音楽は西洋の音階とは違い、『日本音階』と呼ばれます。
だから「うれしいひなまつり」も、どこかしら懐かしい印象をもつのかもしれませんね。
「うれしいひなまつり」の歌詞の間違いとは
この歌の歌詞には、2つの大きな間違いあります。
サトウハチローさんは曲ができてからそのことに気づき、非常に後悔されたそうです。
『この歌を捨ててしまいたい…』とまで漏らしたとか。
サトウハチローさんには悪いですが、2つの間違い、挙げさせてもらいます。
お内裏様とお雛様、だと4人になってしまう
だいり‐びな【内裏×雛】の意味
雛人形の一。天皇・皇后をかたどった男女一対の雛人形。内裏様。内裏。《季 春》
[補説]男性の人形のみを指して「内裏」「お内裏様」と呼ぶのは誤り。
「お内裏様」は、男雛だけを指す言葉ではありません。
お内裏様=男雛と女雛。
さらにお雛様=男雛と女雛。
つまり、お内裏様とお雛様で、4人並んでしまうようです。
私もこれを調べるまでは、お内裏様=男性、お雛様=女性だとばかり思っていました。
赤いお顔は左大臣

向かって右が左大臣、向かって左が右大臣
3番の歌詞です。
金のびょうぶに うつる灯(ひ)を
かすかにゆする 春の風
すこし白酒 めされたか
あかいお顔の 右大臣
作詞:サトウハチロー
『すこし白酒 めされたか あかいお顔の 右大臣』
とありますね。
しかしなんと、右大臣ではなく、赤い顔は左大臣だそうです!
右大臣左大臣の位置は、お内裏様から見て決められるので、正面から見ると右側が左大臣、左側が右大臣です。
ひな人形の写真で確認すると…確かに向かって右の左大臣のおじいさんが赤い顔をしていらっしゃる…。
【ひな人形】【五段飾】京の宴雛:京三五親王芥子十三人飾:平安翠泉作【雛段飾】
右と左を間違えるあたり、個人的には親近感がわきます。
左大臣はおじいさん、右大臣は若者になっているひな人形が多いです。
「左上右下(さじょううげ)」という言葉があります。
日本では歴史的に、右大臣より左大臣のほうが偉いので、左大臣が年長者なんでしょうね。
左大臣はお酒を飲んでいるので赤く、右大臣は真面目にお仕事中なので素面で白い顔なんですね。

はっちゃけましたね、左大臣様
ロス・パンチョスがカバー「悲しきみなしご」
「うれしいひなまつり」の曲は、海外にも進出しているんですよ。
1960年代、メキシコのロス・パンチョス(Los Panchos)というラテン音楽トリオが、「うれしいひなまつり」を「Pobres Huerfanitos(悲しきみなしご)」という曲名でカバーし、ヒットしました。
アメリカやメキシコ圏で、この曲は広く知られるようになったのです。
しかし、この曲をカバーするときに日本の童謡ということを表示しなかったので、現地ではメキシコの歌曲として定着しています。
原曲が日本のものだと知らない人がほとんどなので、3月に日本に来た外国人が、なぜ「悲しきみなしご」がスーパーなどで流れているのか、疑問に思うとか。
なぜならこの「悲しきみなしご」、「親のいない子供たちのクリスマス」を歌ったもので、クリスマスソングとして知られているのです。
3月のひなまつりの歌が、12月のクリスマスの歌に。
しかも日本では「うれしい」なのに「悲しき」。
やはり、曲調が悲しい感じに聞こえるんですね。
まとめ
童謡「うれしいひなまつり」の裏話をまとめました。
一つの名曲が生まれる背景には、様々な人の想いが重なっているようです。
おおらかな気持ちでサトウハチローさんを想いながら、我が家のひな人形のオルゴールに合わせて、娘と一緒に「うれしいひなまつり」を歌いたくなりました。

今日は 楽しい ひなまつり
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